今日のぼく鉄

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都会の中の廃線跡
20140831



いつもの比率とは違う掟破りの一枚
ほうきのように広がっていた線路はもうない
JR梅田貨物駅
貨車や、コンテナが所狭しと並んでいた敷地は
広大な更地に戻った
代わって誕生したグランフロント北館の喫煙室の窓から
唯一生き残った線路を関空特急「はるか」が通り過ぎる
諸行無常の風景




新しいホームグラウンド

20140830



以前から知っていた新しいホームグランド
昔勤めていた会社の窓からいつも眺めていた風景
少し、タイミングが遅れたか
のんびりした休日の午後
国鉄型車両が通り過ぎる
(JR宝塚線 北伊丹〜川西池田間)



ただいま、マルーンカラー
201408029



久々に阪急宝塚線に乗っての出勤
栗色の車体に、木目調の内装 シートはグリーン
これは、創業以来からの変わらぬ哲学
創業者小林一三のセンスが今も光る
(宝塚線 三国駅付近)




さらば、いつもの踏み切り
20140828



姫路の仕事も今日が最終日
20日間ほどお世話になった飾磨ともお別れ
最後の踏み切りは、あいにくの雨
ずっと続くボルトに当然のように平坦に施工されたレール
何気ないものほど難しい
安全運行の要です



暑いビニールハウスでの作業、ご苦労様です
20140827



たしか高二の修学旅行で九州に行った1973年には
山陽新幹線は岡山どまりでした
ということは、その頃もうこの田んぼもあったんですね
何気なく見逃している風景にも自分以上の歴史がある
無駄に見える風景はないですね
(姫路駅近くの田んぼ)



本日は仕事しすぎ 
21040826



この出張で最長の残業でした
つかれた〜
昨日の大阪の大雨を心配して、懐かしい島根の友から
お見舞いのメール
それとなく気にかけてくれるひとがいる
ありがたいことです
(姫路駅に一番近いトンネルを出たところ)



まもなく発車します 次は大将軍駅
 20140825

 

このモノレール、実に40年間停車中なんです
最近になって、廃墟だった手柄山駅に手を入れて
展示館として生まれ変わりました




すべてがグレーだった車内に色合いが戻り
今にも出発しそう
うわさは知っていたけど、初めてのご対面に
思わず熱いものがこみ上げる
(姫路市手柄山駅跡)



まもなく姫路到着です
 20140824



本当は、これに乗って津山に行くつもりが
昨晩の深酒がたたって寝坊
午後から雨も強くなったのでそれはそれでよかったかも
(姫津線
) 



お天気がつづきます
 20140823



出張中は土曜日も出勤
仕事の都合というよりも個人的都合やね
(いつもの田んぼ付近




実りの秋近し 
20140822



姫路出張も中盤
いつもの踏み切りの隣の踏み切り
いい写真がとれましたか?と聞かれたけど
緑の発色がもうひとつ
ただのビニール袋のかかし
どこか牛のように見えませんか?



この青空があるだけでも日本は素晴らしい
 20140821



いつもの踏み切りにて
きょうも、暑くなりそうだ




隧道三姉妹 
20140820



昔から山の神さんは女性らしくトンネル現場には
女性は入れないと聞いたことがる
嫉妬して山が動くらしい
今は、知らない
よって、兄弟ではなく三姉妹なのである
短くてもここにこの隧道を掘った人間がいたことを
素晴らしく思う
(宇和島線)




姫路出張再開 朝から撮り鉄 
20140819



いつもの踏み切り付近(飾磨〜妻鹿間)
少し、空に秋の気配
手前に咲くのは何ですか?



連休明け初日 
20140818


「今日はいきたくないんだよなぁ」
お疲れさんです ご同輩
(阪急電車 曽根駅)



憧れの本州四国連絡橋をわたって 20140815
「人が多い時期は家でじっとしておく」の掟をやぶり四国へ
トンネルの雄が青函トンネルだとすれば橋梁のそれは
本州四国連絡橋でしょう


「鷲羽山トンネルを抜けたら」
鷲羽山トンネルは、世界初の四つ目トンネル
上部に車道片側二車線の上下線
下部に、鉄道の上下線 それも片側は、新幹線規格
短いけど、すごいトンネルなのだ




「僕らも鉄道員」
炎天下の散布作業、ご苦労様です



「Gパンは、間違いじゃた」


「また、特急待ち」



「へんなオジサン 激写」



「立派な小鉄、鉄子」



「女はよく喋るねぇ」



ねぇ電車、まだぁ〜?」



「俺もチュー、したい」


「なにがそんなに楽しいんだか」



「それが若さじゃけん」



「パー!僕の勝ち」



「小さなシリンダー頑張る でも、ホントはね」



「ハイ止まって 止まれって なにやってんのさ」



「いいなぁ、オレも旅に出たい」



「おとうさん、また迎えに来てる」



「こいつはきついぜ」



「まがれ!」



「緑のトンネル」



「フー、きつかったぜよ」



「お〜、ご苦労じゃった」



「線路も車輪も、ピカピカ現役」



「また、へんなオジサンが撮ってるわ」



「ゆる鉄風に まだ、あまいね」



「宇和島行き 4名さまご乗車」



「お土産 買いすぎちゃった」



「はよー、ついて来んか」





「あのさー」「なんだよ」




「田園」





「風鈴」




「よっ、道をあけな」




「就寝前」




「ホントに行っちゃうのかよ」




「宇和島城 登城門」




「アンタも早朝から好きだねぇ」




「始発駅 宇和島駅」




「高野長英も眺めたか」





「けっこう勾配がきつくてね」




「二児の母には見えない ドキン」




「なに、食べてるの?」




「ホビートレイン 興味深々」





「再び、鷲羽山へ」

高知廻りが折からの大雨でくろしお鉄道が運転中止に
我が家ではタブーの往復同一ルート
次回リベンジということで
宇和島の「ほずみ亭」鯛めし御膳はお勧め
手が込んでいて、量があって、美味しい







お盆休み 
20140813



布引貯水池に向かう登山道から
いや〜、デジカメ恐るべし
山の途中から撮ってこれですよ
いい時代が来たもんです



同じ角度で待て 
20140811


新大阪駅近くの踏み切り




ただいま出張中 5時起床 20140808









主な撮影地
飾磨駅 姫路モノレール大将軍駅跡 姫路城 妻鹿駅

13年ぶりの姫路出張
休日に生憎の空模様ではあるがお化粧直しを姫路城へ
まだ横に巨大なクレーンがあるが松で隠してのショット
きれいになったのはお城だけではなくJRの駅前もすっかり変貌していた
それとは対照的に、ただ忘れられていくだけなのが姫路モノレール
今から48年前の「姫路大博覧会」のために建設され実働8年だった
大阪万博より4年も早くに誕生して消えた、「姫路市の負の遺産」
それを横目に最新型の新幹線が通り抜けてゆく





北京は今日も快晴なり 20140713









主な撮影地
北京市営地下鉄 万源街駅付近

姿勢の悪いミニスカのお姐さん
超市と言うのは文字通りスーパーの事
これがまた、説明しても一度ではいけない
なんだ、あの乗り物は?
なんだ、このスモッグは?
なんだ、この木の卑猥さは?
なんだ、この星条旗は?




山陽新幹線 新神戸駅 20140525






主な撮影地
山陽新幹線 新神戸駅  三宮駅付近


新幹線の場合、スクエアに仕上げるのには向いていないね
あのながいノーズは、やはり斜めから録りたいもの
あの中井先生の伝説の新神戸駅のような写真が撮りたくて来たものの
それにしても、700系は不思議な造詣ですね
帰りは、お土産のお姉ちゃんの写真
なんで、こんなアンダーなんやろか?





阪急電車 宝塚線 20140525




主な撮影地
石橋駅 曾根駅 三国駅 十三駅

ホームで髪を直しながらのスマホ
現代ならではの風景ですね
ちなみに私は二つ折り
女性車掌さんは、真っ直ぐ立ってます
すごい、カントやね




山陽新幹線 六甲トンネル西宮口 20140518



主な撮影地
阪急甲東園付近


新大阪から西に向かうと15分ほどで六甲トンネルに入る
この山は、地質が古く活断層が斜めにほっとので難工事を極めることに
度重なる上出水による数多い犠牲者をだした
ここにひっそりと慰霊碑が建つ
この長いトンネルを一気に抜けると新神戸駅
いまは、全列車が停車する




JR福知山線 武田尾駅 20140505




主な撮影地
宝塚駅から武田尾駅付近

昔は、下を流れる武庫川沿いを走る大都会に直近しているとは思えない秘境駅
子供のころ、蒸気機関車で武田尾温泉に来たことがあります
大阪駅にSLが乗りつけていたなんて、信じられない




阪急電車 箕面線 20140428



主な撮影地

阪急電車 石橋〜桜井間
EOS70Dを手に入れての初の屋外撮影
ルンルン気分に対して運転士の不審な顔





トンネル三昧の旅 20130812
















主な撮影地
親不知トンネル 筒石駅 直江津駅 越後湯沢駅
ほくほく大島駅 鍋立山トンネル 土樽駅 土樽橋梁
清水トンネル 新清水トンネル 土合駅 八王子 大日影トンネル

山岳地帯の多いわが国において数あるトンネルの中で
その物語性で3つ選ぶとすれば
青函トンネル
清水トンネル
鍋立山トンネル
当時の技術を持ってしていずれ劣らぬ難工事
その中に、あまり一般に知られていないのが鍋立山トンネル
長さこそ清水トンネルと似たようなものだが、時代が違う
清水トンネルの着工は、大正時代
鍋立山は、現代のトンネル
しかし、その難易度は掘削断面が8回変わることがあらわしている
「NABETATHI」は、世界のトンネル屋が知る「人間が掘ってはいけない山」だった